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院長コラム

Vol.134 介護で家族を殺さないために

 92歳で亡くなった父は、難病と認知症のため約10年間の介護を必要としました。京都の実家での母と姉による介護が限界になり、助けを求められた私は、長年の親不孝の罪滅ぼしにと当時住んでいた横浜の自宅へ勇んで引き取りました。幸い妻も医療職の経験があり、協力的であったため、最良の在宅介護ができると高をくくっていました。ところが結果は惨憺たるもので、介護サービスをフルに活用しながらなんとか時間を稼ぎ、最終的には今の病院に引き取ってもらいました。

 その時に感じたことは、介護に必要不可欠なのは体力と経済力と愛情の3つであるということです。全てが揃っていると思って介護を始めた私は、予想に反して父親と気持ちが全く通じあわないことに苛立ちを募らせ、気持ちはどんどん冷めていきました。私には愛情が欠けていたのです。風呂に入れても不満気で感謝の言葉もない、施設の人に見せる笑顔を私にはもちろん孫にも全く見せない、夜中にトイレに起きる時はボタンを押すように言っても一人で歩いて転倒したり失禁したり、などなど。さすがに殺意は感じませんでしたが、私のような恵まれた立場の人間がこのように感じるのであれば、世の中で介護殺人が普通に起きても不思議ではないと思いました。

 2か月前に放送されたNHKスペシャルによると、過去6年間に介護する家族による殺人は未遂も含めると138件以上あったそうです。厚労省のデータでは、在宅介護における虐待件数は年間1万5千件以上あり、過去5年は横這いですが、この数字は氷山の一角でしょう。介護を担う人が550万人に達したことを考えると、介護現場での暴力は他人事ではありません。

 介護者に占める男性の割合は30%ですが、虐待の加害者の半数は男性です。男性は女性より暴力に走りやすいでしょうが、私もそうであったようにもともとやる気のあった人が虐待に向かう要因を考える必要があります。介護の大部分は家事労働です。家事をやったことのない男性は介護に戸惑うことが多いでしょう。特に排泄のケアは簡単ではありません。オムツを交換して直後に汚されることを想像してください。介護は相手のペースに合わせなければならないことが多く、しかも努力に見合う成果がないのが普通です。相手の今と昔の姿の落差に驚き悲しむこともあります。男は地域で孤立していることが多く、近所の人から助けを借りる術を知らず、愚痴をこぼすことも簡単ではありません。自分が加害者にならないように備えるのは、この辺にポイントがあるように思います。

院長 笹壁弘嗣

新庄朝日第797号 平成28年9月15日(木) 掲載

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