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院長コラム

Vol.18 甲状腺手術の始まり

 甲状腺腫(甲状腺が大きく腫れた状態)の切除は、古代ローマ時代には行われていましたが、大出血によって死ぬことが多い手術でした。18世紀末から甲状腺腫による気管の圧迫で窒息死することを防ぐために、再び手術が行われますが、大出血や窒息、さらに大静脈に空気が入り込んで血管を塞いでしまう現象(空気塞栓)など重大な合併症を引き起こします。

 甲状腺外科は、19世紀後半にスイスとオーストリアで発展します。この地域は、当時の医療先進国であり、なおかつ山岳地帯でヨードの摂取量が少ないため甲状腺腫が多く、治療の必要性にもせまられていました。手術を確立させるのは、テオドール・ビルロートとその教えを受けたテオドール・コッヘルの二人の外科医です。オーストリアのビルロートは、世界で初めて胃切除を成功させた内臓外科の開祖で、スイスのコッヘルは、手術に使う鉗子にその名を残しています。

 二人の手法には大きな差があり、迅速で大胆なビルロートの名人芸に対して、コッヘルは、組織の丁寧な処置を重視し無血手術を心がけます。この違いは術後の合併症に表れます。ビルロートの手術では、術後に痙攣を起こし、死に至るものが10%にみられたのに対して、コッヘルの場合は、数週から数ヶ月で肉体的にも精神的にも活動が低下し、30%が廃人になってしまいました。

 ビルロートは、甲状腺の裏にある上皮小体を一緒にとってしまい、そのため血液中のカルシウムが低下し、テタニーという現象を起こすのに対して、コッヘルは、甲状腺を被膜内で丁寧に切除するため、上皮小体は残るのですが、甲状腺が完全になくなり、深刻な甲状腺機能低下症(粘液水腫)になってしまいます。甲状腺や上皮小体が重要なホルモンを作る臓器であることがわかるのは、この30年後のことです。

 廃人となった患者を目の当たりにしたコッヘルは、甲状腺に重要な機能があると確信し、全摘術は封印し、出血が多くなることを覚悟で、甲状腺の一部を残す手術を15年間に600例以上行い、粘液水腫が起こらないことを確認します。さらに、いったん粘液水腫になった患者に甲状腺からの抽出物を注射することで症状が改善することを突き止めます。

 コッヘルは、1909年に、甲状腺の研究で外科医として初めてノーベル医学生理学賞を受賞します。コッヘルの医学と人間に対する真摯な態度がもたらした大きな功績です。

院長 笹壁弘嗣

新庄朝日 第555号 平成18年8月15日 掲載

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