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院長コラム

Vol.10 全身麻酔の歴史 −富と名誉をめぐる泥仕合−

 近代外科学の大きな転換は、19世紀に起こっていますが、大きく2つに分けられます。一つは感染対策で、これまで数回にわたってお話ししました。もう一つは、手術の際の痛みとの戦いです。これに決着をつけるのが全身麻酔です。この発明に最も大きく貢献したのは、米国の歯科医ウィリアム・モートンと言われていますが、その背景はかなり複雑で、富と名誉を激しく争った人間的なドラマがあるのです。

 米国のマサチューセッツ総合病院には、初めて公開麻酔が行われた現場が今でも「エーテル・ドーム」として残されていますが、この手術室は高い建物の最上階に位置します。全身麻酔が発明されるまでは、痛みに耐えかねた患者の泣き叫ぶ声がまわりに聞こえにくいように配慮されたからです。

 ここで最初に公開麻酔を行ったのは、モートンの師にあたる歯科医ホレス・ウェルズで、1845年に笑気ガスを使って抜歯を試みます。事前の実験では成功したのですが、本番の患者がとても太っていたので、笑気ガスの調整がうまくいかず、途中で麻酔から覚めてしまい失敗に終わります。この実験を仲介したモートンは、その後化学者のチャールズ・ジャクソンから、抜歯の際にエーテルを塗ると痛みがなくなることと、エーテルを吸入すると意識の消失と感覚の低下が起こるらしいことを教えられます。全身麻酔が可能になると、巨万の富が得られると確信したモートンは、極秘裏にエーテルの吸入実験を続け、ついに1846年 10月16日、ウェルズが失敗した公開麻酔に成功します。その後この3人は全身麻酔の創始者の座をめぐって自分をアピールするため、壮絶な戦いを繰り広げますが、麻酔薬の過剰な吸入が原因と思われる精神異常をきたし、富も得られないまま、全員が悲惨な死を遂げています。

 エーテルは16世紀に、笑気ガスは18世紀に、それぞれ発見され、どちらも娯楽目的で、「エーテル・パーティー」や「笑気パーティー」に用いられていました。笑気パーティーで笑気ガスを吸って舞台で陽気にはしゃいでいる人が、足をぶつけてどうみても骨折しているのに痛がっていないことに気づいたのが、ウェルズが麻酔を考えつくきっかけになったのです。

 実はエーテル麻酔は1842年に米国人のクロフォード・ロングによって既に行われていたのですが、それを広めようとしなかったため、全身麻酔の創始者と認められていません。1847年には英国の産婦人科医ジェームス・シンプソンがエーテルより強力なクロロホルムを吸入麻酔薬として取り入れ、無痛分娩に成功します。クロロホルムは香りがよく、気管や気管支を刺激することも少ないので、この後急速に広まっていきます。現在では、さらに有効で安全な麻酔薬が開発され、世界中で使われています。

院長 笹壁弘嗣

新庄朝日 第539号 平成17年12月15日 掲載

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